自然保護を思う

 

2003年3月16日

今日から、京都で「第3回世界水フォーラム」が始まった。

個人的には、多くの皆さんと同様に、この水の問題がまだよく分からないでいる。

もちろん砂漠化、洪水、衛生環境の不備など個々の問題は耳にするが、

世界の人々が日本に集まって、結果として我々が何をなすべきなのか、

を導き出せるのか、がよく分からないでいる。

単なる政府のお祭りなのか、この開催期間中に勉強をしたいと思っている。

 

地球環境レベルの問題を少し置いておいて

日本の環境問題で日頃感じている点をまとめてみた。

全く個人的な感想である。そう、感想であって結論はありません。

 

◆自然の保全に関心のある市民は確実に増えている◇

それは、ボランティアの動き、マスコミの視点などから分かると思う。

しかし、そのパワーが有効な力になっていないような気がする。

素人が集まって1日だけ枝打ちをしても、大して何の足しにもならない。

単なる雰囲気としての自然保護活動で終わっている。

多くの森林ボランティアは、そう感じながら次の手が打てないでいるのではないか。

本当の課題は、日常のライフスタイルなのではないかと思っている。

 

◆社会性の無い市民も確実に増えている◇

道路の中央分離帯のゴミ、空き缶

林道沿いのゴミ、粗大ゴミの不法投棄

高山植物の盗掘、山菜の根こそぎ採取、居付き岩魚のお土産

昔、缶ジュースのプルトップが、山と言わずそこら中に散らかっていた。

日本人は、衛生的なので押し込むふたを嫌うと言う評論家がいた。今は誰も気にしていない。

素直な無神経が大勢いることも確かだと思う。

これは国民性なのか、競争教育のひずみなのか。心理学の研究テーマに誰かしないものか。

 

◆無自覚の自然破壊が増えている◇

自然のオーバユースによる観光地の自然破壊が顕著。

尾瀬などは環境庁が入場制限をする。富士山ではNPOが世界遺産登録に向けて頑張っている。

観光地の作り方、設備の問題、観光会社の儲け主義、受入れ方法の問題など複雑なのだろう。

人の大勢いることが嫌でなく、逆に大勢いると安心する国民性の問題なのだろうか。

個人的には所謂観光地などには行きたくもない。

例えば、リーゾナブルな料金の自然ガイドが、全国どこでも利用でき

その土地、その土地の自然を興味深くガイドしてくれたらどうだろう。

 

◆国の自然を経済(および私腹)の犠牲にする政治家の存在◇

一番大きな自然破壊は、多くの場合、無用な公共事業だと思う。

政治は選挙で正すしかない。

長野県が田中康夫さんと言うキャラクタを得て、土建政治は変えられると言う実験をしている。

多くのサラリーマン選挙民は、個々の政治家の本当の考えを知らない。

自然保護についての各政治家の意見の調べ方が分からない。

全衆議院議員の、自然保護に対する発言集のようなものを作れないだろうか。

 

◆地球環境の問題のヒントは日本にある◇

今年は江戸幕府の開幕400年記念だそうだ。

江戸時代は鎖国をして、日本と言う島国の閉じた生活を300年継続させた。

閉じた世界の宇宙船としての、地球生活のモデルになるのではないかと注目されている。

自然(森林)が、1年間に太陽エネルギーから作り出す物質を

300万の日本国民が1年間に消費することで、自然のサイクルを作っていた。

今で言う、「持続可能な開発」である。