「生態学からみた野生生物の保護と法律」シンポジウム

 

2004年2月8日に開催された掲記シンポジウムに参加した。主催は、日本自然保護協会と東京大学21世紀COEプログラム「生物多様性・生態系再生研究拠点」である。生物多様性・生態系再生研究拠点とは、「単なる学際的なプロジェクトではなく、生物多様性と生態系の再生という21世紀の社会的課題へ向けた、まったく新しい科学を創出する挑戦」(同パンフレットより)とある。リーダを務めているのが、東京大学大学院の鷲谷いずみさんで、森林インストラクターのセミナーでも講師をされており興味があった。参考に同拠点のURLを紹介する(http://www.ber.es.a.u-tokyo.ac.jp/)。

シンポジウムは、前半が野生生物をとりまく問題とその対策について3つの講演、後半が次年度の国会で審議予定の「外来種対策法」についてのパネルディスカションだった。それぞれ興味深い内容であり、主観的ではあるが簡単に内容を紹介する。

 

第1部 講演

「保全生態学から見た野生生物の問題 絶滅危惧種と外来種の現状」東京大学大学院教授 鷲谷いずみ

「外来種対策法」の検討委員会の委員でもある鷲谷さんの問題意識は、そのレジメに痛切に表れている。「〜野生生態学者にとって、これほど「辛い」時代は、かってなかっただろう。地域の生態系を特徴づける生物の急速な衰退と、外来種の蔓延に指標される生態系の単純化の勢いは、その現状をつぶさに記録する暇もないほどの勢いである。土地の歴史、人と自然との調和的なかかわりの中で育まれ、共に行きてきた多様な生物が姿を消し、〜コスモポリタンばかりが優占する生態系は「見るに忍びない対象」であるというだけでなく、多様な自然の恵みを人々に提供する可能性を失った「不健全な」生態系であり、縄文時代以来継承されてきた自然に根ざした文化の終焉をも意味する。」

環境省の発表する日本のレッドリストでは、評価対象種の25%が絶滅危惧種となっている。植物は種子だけでなく、挿し木や株分けなどでも増えるクローン個体がある。クローン個体は遺伝子が同じであり、有性生殖で個体が増加する可能性は低い。個体が沢山あることが、絶滅の危惧の減少にはならないこともやっかいである。朱鷺のケースは例外で、生物の絶滅は、そっと起こる。カワラノギクは絶滅危惧種T類、サクラソウや秋の七草の一つフジバカマも絶滅危惧種U類である。気が付かないうちに、自然の景色が大きく変わっている日がくるような気がする。

 

「野生生物を守るための法制度の現状と改正の提案」関西学院大学教授 関根孝道

法制度の下では、人が権利の主体であり、人以外は物として権利の客体である。つまり野生生物は物であり、無主物として存在する。無主物は、早いもの勝ちで見つけた人が所有権を有する。所有物になった物は、所有者の「自由に使用、収益、処分」が許される。と言うのが現在の日本の法的前提だそうだ。野生生物が生存する自然環境も、民有地か公有地かのどちらかで、どちらにしても私的開発か公共事業による自然破壊が免れない。

講師は、沖縄や奄美での野生生物保護の訴訟を通して感じた、今の自然保護法の無力を言う。提案の骨子は、経済的利益のみの価値観からの脱却、人・物の二元論から三分類へ、生物の権利を代弁する仕組み、生息地の公共信託的な管理、生物多様性を含む公共の福祉、保護行政過程への市民参加などなど。

 

「野生生物の問題を解決するしくみづくり」日本獣医畜産大学助教授 羽山伸一

日本の自然保護政策は、人間の行為を規制することで行われてきた。しかし、生物の多様性を確保するには、行為を規制する保護地域の面積は狭すぎ、私有地や二次的自然を対象とした場合には、規制だけではその自然を保全できない。保護すべき自然や関係者の利害を調整したり、科学的知見、データをもとに市民参加で行動計画を、順応的に作っていくといった問題解決手法が必要である。

問題解決型の仕組みを持った社会は、市民の理解が欠かせず、むしろ規制ではなく「保護すると報われる」社会である。個々の市民や団体が、それぞれの持つ自然保護における公共的役割を評価し、互いに支えあう連帯型社会となることがふさわしい。そのための資金メカニズムとしては、公共事業のグリーン化、農業補助金のグリーン化など、箱物から環境支払いへのシフトが必要。

 

 

第2部 パネルディスカション

「事例報告 外国産クワガタムシ商品化による遺伝子攪乱」国立環境研究所 五箇公一

ペットショップでのクワガタムシは、一匹数100円から数万円で取り引きされている。その数は、これまで輸入された個体総数で200万匹以上、種の数で言うと世界のクワガタムシの1/3の種が日本に輸入されている。その間、

・巨大な熱帯のクワガタムシは日本で野生化できない、と言われながら多くの野生化の例が観察されている。

・系統分類で遠い種では交雑できない、と言われながらDNA系統樹上遠い種が交雑し遺伝的浸食が起きている。

生息環境の悪化などにより、既に危機的状況にある日本の在来クワガタムシは、餌資源をめぐる競合や遺伝的浸食、さらには外来寄生生物の持ち込みによる影響などにより、その衰退に一層の拍車がかかることは間違いない。

 

「外来種対策と法制化」環境省自然環境局 上杉哲郎

これまでに確認されている、日本での外来種は約2000種と言われている。長い時間をかけて、在来の自然環境になじみ問題のないものもあるが、既存の固有種を捕食、あるいは駆逐するなど、生態系への深刻な影響を及ぼすものもある。外来種問題は生物多様性条約に位置づけられるとともに、日本の新・生物多様性国家戦略では第3の危機として取り上げ、待った無しの課題となっている。

法案名 特定外来生物による生態系などに係る被害の防止に関する法律案(仮称)

現在は法制局審査中 3月上旬の閣議決定、国会提出予定

法案の概要

・特定外来生物被害防止基本方針を策定、公表

・生態系、人の生命、農林水産業に係る被害を及ぼす(恐れのある)種を特定外来生物に指定

・特定外来生物を取り扱う際に、主務大臣の認定が必要。その上で個体識別措置を行う

・生態系への影響がある場合に、特定外来生物の防除を実施

・未評価外来生物は一定期間輸入を制限

など。

 

パネルディスカション 上杉哲郎 草刈英紀(WWFジャパン) 五箇公一 鷲谷いずみ 羽山伸一 吉田正人(NACS−J)

草刈:法案の名称に「特定」を付けるべきではない。

鷲谷:当然、生物の危険度、個体数などにより影響はことなる。緊急の問題解決を念頭に置いた名称とした。

草刈:未評価外来種を一定期間だけ輸入制限するのではなく、主務大臣による評価が終わるまで輸入制限すべき。

上杉:一定期間というのは役所側の義務であり、一定期間に結論を出す必要がある。

吉田:(会場からの質問)アメリカザリガニなど子供にとっては身近な自然を防除する必要はあるのか。

五箇:在来の自然の無い都会のなかなどでは問題外。その外来種がいることで日本の自然が影響を受ける場合を問題にしている。

羽山:子供の教育の問題は重要。ペットの放棄など決してやってはいけないことを分からせる必要がある。

五箇:この法律に限らず、自然保護には多くのコストと労力が必要。生態学者は、生態系を守ると言うことの意味、経済的な価値をこれから明らかにしていく義務がある。

などなど。

 

五箇さんの最後の発言は重要だと思う。何のための自然保護なのか、自然保護がブームになるとその本質がおろそかになる。自然を保全することが、結局は人の生活に利することなのか、人類が生き延びるための必須条件なのか。少なくとも、安易に経済的評価をすることは避けなければならないと思う。

 

(2004.2.14)

フィールド記録Top