大井川東俣(塩見岳越え)

 

2004年8月10日〜14日

 

今年は、2年ぶりに大井川に行くぞ、とずっと自分の中で覚悟を作ってきた。と言うのも、4泊分の酒、食料の入った20Kgのザックを背負って、3000mの山越えをするのは、やはり本音で不安だった。2年前は大門沢越えをした。1泊目のテントサイトに着いたときはヘロヘロだった。今年は塩見岳を越えるつもりだった。塩見岳を越えられなかったら、塩見小屋で1泊という代替案付きコースだ。

家でゴタゴタがあり出発が2日遅れた。9日の夕方家を出て中央高速、杖突街道とひた走り、三峰川の大曲に着いたのは22時だった。今回は荷物の軽量化のために、テントを持っていかないことにした。そこで、この大曲での1泊にテントを使った。ビールを飲みながらテントを組み立て、すぐに中に入り寝てしまう。

 

8月10日()晴れ

大曲6:30 〜 大黒沢登山口7:30 〜 標高2000mポイント9:40 〜 権右衛門山13:00 〜 塩見小屋14:00 〜 塩見岳15:30 〜 雪投沢幕営地16:50

 

三峰川林道では途中、巫女淵で湧き水の延命水を2リットル持った。夏の登山では、体重1Kにつき、1時間5ccの水が必要と聞いた。10時間歩くとすると、3.5リットル必要なのだが、不足したら塩見小屋で補うことにした。

ルートは塩見新道である。登山道に入ってすぐに小さなアップダウンがあり、以降はひたすら急な登り道になる。足、腰、体調は思ったより良く、一定速度の急登に慣れてくると、2000mの小ピークまでそれ程苦しまずに来れた。ここから先は緩やかな登りと、多少のアップダウンが続くはずである。シラビソとトウヒ、ツガの針葉樹の大木が繁る2000m台の尾根筋が続く。2300mを過ぎた辺りで、塩見岳の手前にある権右衛門岳へ登る急傾斜となり始める。この急登ではだいぶペースが落ちた。権右衛門岳に近づくと小雨も降り始め、あせりも加わり、足元がよろけるようになった。

権右衛門岳を過ぎると、三伏峠からの縦走路に出る。ハイマツ、ミヤマハンノキなどの灌木が増え、南アルプスの尾根筋の雰囲気になると、灌木の向こうから人の声が聞こえ、塩見小屋に到着した。

食料の準備が不足していることに途中で気付き、昼飯は塩見小屋でとることにした。塩見小屋では、カップ麵しか食事は無かった。カップのうどんを食べていると、若者のグループがビールで乾杯をしていた。14時でもう乾杯は早すぎるのでは、と思うと、塩見小屋で1泊の案は無くなり、何としても雪投沢まで行く気になった。水はここまでに1.5リットル消費しており、用心して500ccのポカリを買った。若者達の缶ビールの宴会が終わる前に、塩見小屋を後にした。

塩見岳に登頂したいわけではないので、迂回ルートが欲しい、などと思いながら岩場をよじ登る。塩見小屋が2800m付近で、幕営地が2700m付近なので塩見岳の3050mは余計だ。

東峰を降りはじめたときには、ザックの重さもあってよろけた。少し降りたところで一休みし、コンパスを見ると、目の前の尾根筋が真南に延びている。おかしい、地図では北東に降りていかなければならない。間違った尾根に降りてしまったかと思い、ザックを背負ともう一度東峰に上がった。しかし北東へ直接降りる尾根は無い。南へ向かうルートをよく見ると、赤いペンキは尾根筋とは異なり、東へと曲がって向こう側に降りて行っている。なんだ、ルートは正しかった。

塩見岳のルートは両側ともに、岩場の連続で、落石、滑落を用心しながら慎重に上り下りする必要がある。特に北と西側、つまり三峰川サイドは、崩壊が続く崖であり、足を滑らせば一貫の終わりだ。この危険な崩落面は北荒川岳まで続いている。

尾根筋が雲の中に入ってしまい、先が見えなくなった。蝙蝠岳への分岐点を過ぎると、右側の谷は雪投沢の源頭になる。しばらく行くとテントサイトが見えはじめ、いくつかテントが設営されていた。明日は雪投沢を降りるので、一番水場に近いサイトまで行き、ダケカンバの中にタープを張った。

夜半遅く、雷と共に雨が降った。徐々に激しい雨となり、タープだけの雨よけでは、地表を流れる流水が心配になる。シェラフの中から腕だけを出し、ライトで照らして周りを確認すると、表面を流れる水はまだい。しかし、しばらくは眠れぬ夜となる。

 

塩見岳から北荒川岳までの北斜面(帰りに撮影)        ダケカンバ林の中のテントサイト

 

8月11日()晴れ

幕営地7:30 〜 東俣本流11:00 〜 魚止の滝14:30 〜 三国沢幕営地16:00

 

朝5時30分に起きると、すでに朝日が射し込んでいた。この幕営地は東向きだった。昨夜の雨がウソのように、青空が広がっていた。

サイトを片付け、ザックを背負い、水場になっている雪投沢に降りていく。沢沿いにはウラジロナナカマドが赤い実を付けて繁っている。雪投沢は流れに沿っての上り下りがしやすい沢である。数年前にも池の沢小屋から沢を登ったが4時間程で稜線まで出た。今回の下りも3時間半で本流に出た。どちらかというと上りの方が組みやすいかもしれない。

本流は、懐かしい広河原に出た。東俣に来たときに、この広河原は毎回必ず通過する。それぞれ来る方向と、行く方向が異なる。前回は、向かいの池の沢を下りてきて、本流を上った。今回は、下りる沢は異なったが、前回同様これから本流を上る。

広河原からの本流の上りは、しばらくは広い河原のゴーロが続く、退屈な流れだ。川の蛇行に従って凸側になる河原には、広い渓畔林が広がり、不明瞭な踏み分け道が点々と続くようになる。河原は歩きにくいので、この渓畔林の中の小径を辿るのだが、踏み跡は現われたり消えたりを繰り返す。

魚止めの滝手前で2時になった。今回は時間があるので竿を出してみる。6年前にも、滝手前で良い型を何本か上げた。当たりはあるし、釣れもするが型はいま一つだった。どこの秘境のイワナも小型化しているような気がする。

滝を右岸から越え、また渓畔林の小径を行く。そのうち常連にしているテントサイトを通過。今回は余裕がありそうなので、もう少し先まで行くことにする。左岸にある、昨年見つけたお花畑の中に、タープを張ることにした。

 

雪投げ沢                                   本流、池の沢小屋前の広河原

 

8月12日()晴れ

夜が寒かった。タープだけのため川原の風が吹き抜ける。温度計は4度を指していた。

シェラフから出ることができない。7時になり、ようやく這い出たときも4度で、冬だった。やっと8時に川原まで朝日が当たりはじめた。途端に、お花畑は春となり、1時間もすると夏になった。今日は1日近辺をブラブラする。取り敢えず午前中は竿を持って沢に入る。昼にはテントサイトに戻り、夕食のおかずは沢の水の中に浸けたまま、岩で日陰を作る。

インスタントラーメンを食べると、暑いタープの下で少し昼寝をしたり、図鑑を持って樹木の同定をしたり、午後の時間をノンビリと過ごした。

3時を過ぎたところで夕食の準備を開始。昨日は天ぷらやから揚げを作ったので、ガスボンベの量が心配になり、なるべく火を使わない料理にした。つまり刺身料理だ。結局、マリネ風イワナの酢〆となめろう、味噌煮(翌日の弁当用)を作った。

明日はテントサイトの移動で、初日に泊まった雪投沢源頭まで行かなければならない。多分、明日の朝も冷え込むだろう。できるだけ片付け作業が少なくなるように、明日の朝食の段取りをして寝た。

 

三国沢、乗越沢出会い近辺のお花畑と、僕の寝床           三国沢のイワナ

 

8月13日()晴れ

幕営地9:00 〜 熊の平小屋11:30 〜 北荒川岳15:00 〜 雪投沢幕営地16:00

 

朝の気温は昨日より冷えて、摂氏2度だった。ひょっとして、と思いながらシェラフから這い出ると霜が降りていた。真っ白という景色ではないが、夏とは思えない寒い色だった。震えながら朝食をとり、撤収作業をしているうちに8時となり、太陽の光がテントサイトまで届いてきた。それから春になり、直に暑くなった。

結局ザックを背負い歩きだしたのは9時を過ぎていた。これから大井川の源頭を後にして、乗越沢を登って熊の平まで行く。乗越沢を登るのは2度目なので不安は無かった。右岸の森の中に、踏分け道が続いている筈だった。ところが登るにつれ踏分け道が曖昧になった。前回には迷った記憶が無いので、どこかで主ルートを外れたのだろうか。沢筋が何本にも分かれ、主流が判らなくなった所で道は無くなってしまった。ここまで来たら、ひたすら上に登るしかない。最も流れの多い沢筋を選びひたすら登った。もちろん胸突き八丁の急登なので息が切れ、喘ぎながら登る。沢筋が無くなり、最後に草地となり、ケモノ路を辿ると登山道に出た。左手はるか下に、熊の平小屋の赤い屋根が見える。大分上に来すぎてしまったようだ。

熊の平小屋の水場で、水を2リットル補給し、歩きだす。これから先しばらくは、南アルプスの縦走路の中でも高峰が無く、緩やかな起伏の尾根筋を歩く。左隣に農鳥岳に連なる尾根筋があるが、向こうが森林限界の上の尾根なのに比べると、こちらは森の中に登山道が続く。樹種を別にすれば、丹沢あたりの縦走路を歩いている雰囲気である。

北荒川岳への最後の上りは、ハイマツのトンネルを這うようにして登っていく。トンネルからひょいと頭が出ると山頂だった。山頂と言っても広く平らな頂きで、その360度の眺望が素晴らしい。塩見岳の眺望も良いが、そこからは塩見岳は見えない。目の前の塩見岳、後ろの農鳥岳、間ノ岳、仙丈ヶ岳、さらには木曽駒などが回りを取り囲んでいた。

北荒川岳を過ぎた稜線の東側の斜面に幕営地があった。ダケカンバの向こうにテントが何張りか見える。一番手前でテントを張っていた人に聞くと、水場は10分程降りたところらしいとのこと。しばらく悩んだが、やはり予定通り、今日は雪投沢幕営地まで行くことにした。

 

夏の朝の霜                                  熊の平から見る塩見岳 今日あそこまで行く予定

 

大井川の下手 広い河原の左岸の河畔林に池の沢小屋がある    大井川の上手 森林限界を突き抜けたあたりに源頭がある

 

8月14日()晴れ

幕営地6:00 〜 塩見岳7:00 〜 塩見小屋7:30 〜 権右衛門山8:40 〜 大黒沢登山口13:00 〜 大曲13:40

 

暗いうちから隣のテントで音がしはじめた。つられて起きると4時だった。気温は13度。谷筋より稜線の方が温かいので驚いた。食料の計算に誤りがあり、米以外はほとんど何も無くなっていた。昨日の残り物を温めて食べて朝食は終わり。塩見小屋でまたカップ麵を食べよう。

タープを畳んでいる最中に、隣のテントの男女7人の集団が登山道の方へ出発して行った。少し遅れたが、5時50分には撤収が完了した。撤収時間としては新記録だ。ザックを背負い稜線に向かう。

この山行の間の天気は、初日の夜を除き最高だった気がする。昨日も午後に雲が無くなり、空が青一色になった。今朝も澄んだ空だ。先行していた隣のテントグループを塩見岳手前で追い抜いた。順調に塩見岳を越える。バランスを崩すと怖いので、下りはさすがに慎重にならざるを得ない。

大勢の登山客で混雑する塩見小屋で、カップうどんを食べる。ここではビールもポカリスエットもカップ麵も、みな500円だ。山小屋はこんなものかなと思っていたら、熊の平小屋ではビールが700円だった。確かに下界での価格ではなく、荷の運び難さで価格が付いているのだろう。

小屋を出てすぐに塩見新道との分岐になる。三峰川大曲に戻るにはこの塩見新道を行く必要がある。しばらくアップダウンが続き、権右衛門山の東側を回り込むと、大井川水域から天竜川(三峰川)水域に入る。後は下りの道が続く。大曲まで足の疲れ、痛みと闘いながらの下り道である。

 

今朝の塩見岳

 

 

山と釣りの日々Top