ヤマトリカブト

学名 Aconitum japonicum
別名 トリカブト、ウズ、エボシバナ
烏頭(中)、monkshood(英)
山鳥兜 分類 キンポウゲ科トリカブト属 (多年草) 有毒植物
舞楽で伶人が使う冠「鳥兜」に似ているためについた名。山に咲くトリカブト、あるいは日本産のトリカブトの意。英語名は「僧侶のフード」の意味。 原産・分布 本州(関東地方〜東海地方)。亜種は別な分布。
神奈川県 相模川以西の丹沢、箱根の山地に分布する。
花の時期 8月〜10月


明るい林床、林縁、河原などに生える。
明るいところでは茎は直立し、林縁や林床などでは斜上する。
三大有毒植物とされるものの一つ。
地域ごとの亜種が多く、神奈川県では3亜種あるが基本種である本種が一番多い。
上野原市秋山赤鞍山 140929


西丹沢の加入道山の尾根筋で群生していた。
トネアザミの群生とも連なっていてシカの食害の影響とも思える。
丹沢加入道山 160710


葉は互生し、円形で掌状に3〜5中裂する。各裂片に欠刻状の鋸歯がある。
裂片の切れ込みは浅いものから深いものまで変異がある。
一つの個体でも下部の葉が5深裂し、上部の葉が3中裂になる傾向がある。
上野原市秋山二十六夜山 120507


名前の元になった花の形。古来の衣装の鳥兜に似ているとされる。
葉腋に散房花序をつけ、独特の形をした青紫の花を咲かせる。
★毒★全草、特に根塊に神経性猛毒のアルカロイド(アコニチン)を含み、
嘔吐、呼吸困難、痙攣、心臓麻痺の症状になり死亡例が多い。
摂取後、数十秒〜数時間で死亡する即効性が高い。
人間の歴史の中で、特に歴史の裏側で登場することが多い(「こぼれ話し」参照)。
丹沢八丁坂の頭 070916


青紫色の花弁に見えるものは萼片。
上部に1個、中間に左右2個、下部に左右2個、合計5個の萼片がある。
花弁は花の中で見えない。
丹沢 080925


実は通常3個の袋果。
山梨県笛吹市黒岳 121122


種子は3mmほど。フリルのようなひだがたくさんついている。
種子の発芽率は余りよくない。
上野原市秋山 151001


春に顔を出すロゼットはキンポウゲ科の他のそれと似る。
山菜となるニリンソウヨモギゲンノショウコなどとも似るので注意が必要。

上野原市秋山 150317

こぼれ話 「矢毒」
人類の歴史は争いごとの歴史でもあり、その中では毒殺も古くから行われていたとされる。
猛毒が血液に直接入り即効性を示すとしてトリカブトなどの毒矢は、戦争狩猟で用いられた。使われた毒は地域により異なる。大航海時代、先進の武器を持った征服者に対抗するため、南アメリカやアフリカでは先住民が毒矢を使って戦った。征服者(ヨーロッパ)にとって南アメリカでの毒矢は恐怖だったようで、クラーレと呼ばれ長い間好奇と興味の対象になったようだ。日本でも古墳時代に、ヤマト王権に対抗して蝦夷が戦いで毒矢を用いたとされている。戦争では、敵を殺すことより戦闘能力さえ奪えば良いので、毒を調合するという面倒な手間は多くの場合あまり選ばれなかった。武力の劣る集団が対抗措置として使用したように思える。
代わりに暗殺のような目的での毒矢の使用が多かった。鎌倉時代には、鶴岡八幡宮の流鏑馬の帰りに、伊具四郎入道が毒矢で殺された。「古事記」では神武東征の際に、兄の五瀬命が矢に当たって死ぬくだりがある。この矢は毒矢とされている。
狩猟では、北海道のアイヌ民族が毒矢を使っていたことは有名。毒矢による狩猟は東北アジア、シベリア、アラスカでは広く行われていたとされる。矢が急所に当たらなくとも獲物を得ることができるので効率的だった。使われた毒はスルクと呼ばれるトリカブトである。スルクは寒い地方の植物で、北海道から東北にかけて分布する。矢毒で死んだ獣の肉は、刺さった周囲の肉をこぶし大に切り取れば安全とされた。
毒矢があまり使われず発達しなかったヨーロッパでは、毒薬としての利用が多かったようだ。古代ギリシアでは苦しまずに死亡する、としてドクニンジンソクラテスなど思想家の処刑や自殺によく使われた。古代ローマでは私利私欲での暗殺に様々な毒薬が使われた。さらに中世ヨーロッパでは、薬と毒とを販売するアポセカリーと呼ばれる店が、毒薬を買い求める客で繁盛したとされる。現在に至るまでヨーロッパの歴史の表と裏で、さらには文学の中でも毒薬の話題は絶えない。
「毒草の雑学」(研成社)および「ウィキペディア」より。

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