2004年10月の徒然
2004年10月2日(土)晴れ
今日は、手帳に東京農大・源流シンポ13:00〜となっていて、主催や案内が分からないでいた。でも、テーマは面白そうだし、農大に行くのも悪くない、と思い昼頃家を出た。正直言って、釣りマニアか自然保護団体の主催かとおもっていたら、資料を見て、意外と大がかりなシンポジウムなので驚いた。国交省、環境省、林野庁の役所や関連自治体が後援し、大学の先生方が挨拶や司会をしている。記念講演は、椎名誠さんだった。聚の渋澤専務理事もパネラーで参加している。聴衆は、400名くらいか?
椎名さんの講演が終わると1/3くらいが帰ってしまったのは、こういうシンポジウムでよくある話だ。「源流」、とは勿論、川のみなもとだが、そこには元々山の文化があり、上流と下流という関係で、生活や物資のサイクルがあった。近年、上下を分断する道路や鉄道が網羅されて以来、下流のみが、経済成長を遂げ、上流を忘れ去り、物質の豊かな都市生活を送っている。現在のエネルギー問題、食料問題あるいは社会問題は、そう言った状況の中で起きている。このような問題認識の上でのシンポジウムだったような気がする。抽象的な文化の話と、林業では飯が食えないと言う具体的課題が話として一緒に語られるので、論点がはっきりしない印象もあったが、聴衆も同じ問題意識を持った人たちなので、あうんの呼吸もあった。全体としては面白く、感心、納得する部分も多く充実していた。帰りの道には、キンモクセイの小さな蕾が白く点々としていた。ノブドウの実が青や紫に色づきはじめていた。
2004年10月4日(月)雨
朝から重たい雨が降っていた。OK園の仕事は休みになった。昨日も終日雨だったので、家の中でやることがなくなっていた。昼前に買い物に出かける。プリンターのインクが無くなっていたので、詰め替えタイプのものを買う。庭では、キンモクセイの花が咲き始め、香りが漂っている。晴れていれば写真を撮りたかった。キンモクセイは、中国が原産の雌雄異株種で、日本には雄株のみが移入されているらしい。だから、キンモクセイの実は通常日本では見ることができない。ソメイヨシノやヒガンバナと同じで、クローン株だから気候が同じ地域では、一斉に開花することになる。そう思って思い出してみると、一斉ではあるが、何度か一斉があったような年もあったような気がする。当然だが、日本に移入された株が1株だけだった、とは考えにくい。それでかな?
2004年10月6日(水)晴れ
OK園の親方は、今週は天気が悪いので植木の仕事は来週から、と休みを決め込んだ。早速、今日は素晴らしい秋晴れとなった。TGさんは、屋根までできた事務所できっと道具の整理、片付けをやっているのだろう。僕は仕方がないので、植木屋自営のための準備をすることにした。自営の条件は、1)お客がいる、2)道具は自前、3)見積もり段取りは自分でやる、ことだろう。1)と2)はどちらが先か悩む。道具と言っても、脚立と軽トラック、当然車庫が問題になる。お客がいないのに車庫まで借りても無駄だし、お客ができてから準備するのも泥棒と縄である。悩んでいても仕方ないので、宣伝チラシを作り、近所の一戸建てにポスティングに行った。やはり、まずはお客さんである。初めのうちは、パジェロミニの屋根に、脚立を積んで仕事に行くことになりそうだ。そう、今日が自営初日である。
2004年10月8日(金)曇りのち雨
今日は、急遽M園の手伝いに来た。午後から雨の予報だが、朝すでに今にも降りだしそうな空の色だった。現場は白幡の個人邸だった。大きくなってしまった木の伐採と、剪定、草刈りをした。伐木はアオギリ、シロダモ、シュロ、ナツミカン、サンショウ。ぎりぎり保っていた天気も昼前に霧雨が降り始め、昼に小雨となり、午後しばらくすると音のする雨となった。作業は順調で、昼前には既に掃除を始めていたので、最後は駆け足の掃除で2時過ぎには終わらせてしまった。カッパを着ないで、それほど濡れずに済み良かったが、よく考えると早く終わりすぎだ。多分、僕がいない人数で、ちょうど1日仕事だったのかもしれない。快く手伝いを受けてくれたMさんには申し訳ないことをしたが、雨の中やらずにすみ不幸中の幸い?だったのか。
2004年10月11日(月)曇り
昨日と今日は、Nacs-Jの赤谷プロジェクトに参加した。7月に続いて2回目である。9日の夕方、台風22号が横浜、東京を足早に通りすぎたので、10日は台風一過の秋晴れを期待したが、終日雨がシトシトと降っていた。そこで、新しく名前の決まった「いきもの村」の範囲の確認、確定と、今後のアイデア作りが10日の目標になった。まず、皆で旧苗畑作業地の周辺をひと回りした。水源となる湧き水、周遊歩道や雑木林、休憩所にちょうど良さそうな作業小屋などなど、整備をすれば格好の自然観察コースができそうな環境を確認できた。地域協議会の方からアルコールの差し入れがあり、夜は今後の進め方、アイデア作りなど思い思いの会話で酒宴が盛り上がった。
翌日は、小出俣沢沿いの林道を、二股の少し先まで散策した。それにしてもNacs-J理事のYさんの知識はすごい。鳥、獣、虫、草本、木本何でもござれ、まるで図鑑が何冊も頭の中に入っているようだ。今までの長い保護・調査活動の中で、自然についての活きたデータベースができたのだろう。この「いきもの村」では、多分Yさんが一番期待(と言うかやりたい事)を抱えてワクワクしているのだろう。
野外に一晩置いた車の上に、浅間山の火山灰が降り積もっていた。雨で溶けまだら模様になり悲惨な状態になってしまった。
火山灰で白くなった車
2004年10月17日(日)晴れ
二宮のフィールドで、遊歩道を作るために必要となる丸太として、丹沢水の木の除伐材の有効利用を考えていた。水の木の除伐材は、当然だが伐木しそのまま林地に転がしてある。既に1年以上経っているので、頃合いだろうと言うことで、昨日と今日とで集材、運搬をした。16日に林地内に転がっている材を下の渓流まで落とし、対岸の広場に上げた。先週の赤谷で営林署の人に、材の落としかたを教わったのだが、なかなか教わった通りにはいかない。皆でかなり苦労しながら20数本を対岸まで上げたところで4時になり作業終了。
17日はO園のTGさんにトラックで丹沢まで来てもらい、丸太を二宮に運搬した。二宮のフィールドに丸太を下ろし終わったのが、3時過ぎ。2日間でかなり疲れてしまった。二宮からの帰りの運転が眠くてたまらなかった。眠いのは昨夜の酒宴のせいかもしれない。
2004年10月23日(土)晴れ
今週は久し振りに仕事をした気分である。O園で会館の剪定が始まった。年末に忙しくなるのが嫌なので、今年は9月に始めよう、と言っていた仕事が、事務所の建築や台風や秋雨で延びに延びて18日から始まった。全部が終わるのは一月くらいかかるのではないかと思う。今日で初めの1会館が終わった。実質3日だ。あと4会館ある。今日は、4.5mの脚立にのって電動トリマーを使っていたら、腰が痛くなった。次の台風24号が、既に南の海にある。夕方、新潟で大きな地震があった。今年は、本当に天災の多い年だ。
2004年10月25日(月)晴れ
朝方は薄曇りだったが、午前中にはすばらしい秋晴れになった。今日は川崎の多摩区の会館に来た。急いでやれば、3人で1日で終わると言われたが、そんな簡単にはいきそうもない。結局2人で2日かかりそうだ。サクラの葉が木によって赤く色づきはじめているが、ここのは紅葉する前に落ちてしまいそうな、元気の無さだ。TGさんと2人で何故だろうと暫し考える。そう言えば枯れ枝も目立つ。駐車場のアルミフェンスにナツヅタが這い上がっていた。グラデーションが面白いので写真を1枚。
2004年10月29日(金)晴れ
秋晴れが昨日から続いている。3日間多摩区生田の個人邸に来ている。今年の春に、幹焼けしたサルスベリの治療に来たお宅だ。大きなクロマツがあり、TGさんはその手入れにほぼ2日間かけた。その間、僕が他の植木の手入れをした。このお宅の奥さん(年は多分おばあちゃんなのだが)はとても律儀で、お昼や休憩におもてなしをよくしてくれる。今日のお昼は、おいしいおでんで、それも8品くらいあり、お弁当を持ってくる必要が無い程だった。全部食べたら満腹になってしまい、TGさんと二人で秋晴れの下、しばらく昼寝をした。
(2004年11月の徒然)に続く