ハゼノキ

学名 Rhus succedanea
別名 リュウキュウハゼ、ハゼ、ロウノキ、トウハゼ
紅包樹(中)
黄櫨 分類 ウルシ科ウルシ属 (落葉小高木) 有毒植物
「ハゼ」についてはヤマハゼを参照。ヤマハゼより後に、移入栽培され、主に利用されるようになった本種を、ハゼの木と呼ぶようになった。 原産・分布 中国、台湾、ヒマラヤ、タイ、インドネシア原産。室町期以前に渡来し、関東地方以西に野生化している。
神奈川県 山地を除き、丘陵地~沿海地に広く分布する。逸出、野生化。
用途 核果からロウを採る
和ろうそくのロウを、実から採るために栽培され、拡がったとされる。琉球から伝わったためにリュウキュウハゼの名がある。
下欄 こぼれ話「蝋燭」参照。


富津市
上総湊
030706
ハゼノキ葉
樹皮は滑らかで灰褐色、小さな皮目が多い。体質によりかぶれるが、毒成分は少ない。樹液も採れない。
万葉集や古事記では「はじゆみ」と呼ばれ、この材で弓を作ったとされている。また真言密教では、春の甲子の日にこの木を切って護摩を焚く木にした。
心材は深黄色で美しいため装飾材や寄せ木細工に使われる。


渋谷区
代々木公園
080506
ハゼノキ幹
葉は奇数羽状複葉で互生する。小葉は4~6対で、披針形。両面ともに無毛で、裏面は緑白色。縁は全縁。
ヤマハゼと見分けが難しいが、ヤマハゼは両面に短毛がある。


富津市
上総湊
030706
ハゼノキ葉
核果は扁球形で無毛、光沢がある。秋に枝先の円錐花序に沢山の実が成る。ウルシ科の実はそれぞれ特徴があるが、ヤマハゼと本種はよく似ている。

富津市
上総湊
080928
ハゼノキ実
ウルシの仲間なので、紅葉が綺麗。 紅葉

大田区
大森
051209
ハゼノキ紅葉
枝はやや太く、小さな皮目が多い。頂芽は細身の芽燐があるが、枝先から黄褐色の細かい毛があるため、裸芽のように見える。
側芽は丸く小さい。葉痕はハート型~紡錘形で、維管束痕が多い。
冬芽

横浜市
港北区
080214
ハゼノキ冬芽
こぼれ話「蝋燭(ロウソク)」
明治以降に電灯が普及するまで夜は暗いのが当たり前だった。その夜を僅かにでも明るくするのが行灯(あんどん)でありロウソクだった。今から見れば、ともに暗い照明であるが、当時は夜更かしの遊びにしても学問、仕事にしてもそれで十分だったのだろう。液体の油脂の中に火芯を浸し火を点けるのが行灯、固形の油脂に火芯を埋め込んだのがロウソクで、それが故にロウソクは移動用の提灯の灯として主に用いられた。
燃料となる油脂は動物性のものと植物性のものがあり、燃えて煙と悪臭を出す魚油や獣脂などは安物だった。植物性の油脂としては行灯には菜種油が使われたが高価であった。ロウソクの材料には蜜蝋(蜜蜂が作る巣の材料)やイボタノキにつくイボタロウムシウルシハゼノキなどが使われた。ウルシやハゼノキ、ナンキンハゼなどの実を砕き、蒸してから圧搾すると木蝋が採れた。この木蝋を原料にしたロウソクを和ろうそくと呼ぶ。火芯には茅などのイネ科の草の茎を使っていたが、後に和紙を使うようになる。写真の和ろうそくは「京蝋燭」中村ローソクのホームページより。
江戸時代には各藩の産業としてハゼノキの栽培が行われていたようだ。ハゼノキは江戸時代以前に渡来していたが、江戸時代以降各地に普及する。またロウの採取を目的にしたナンキンハゼの渡来もこの時期になる。
江戸時代を通してロウソクは行灯に較べて高価な照明で、貴重品であった。裕福な商人や武家が儀礼などで使うか、外出時の提灯の灯として使われた。江戸の庶民は行灯を主に使い、農山村では囲炉裏の炎の灯で明日の農作業の準備をしていた。
江戸時代後期にはかなり割安となり、和ロウソクの最盛期になる。それでも貴重品であり、使った後に流れて溜まる蠟を、再利用のために買い集める「蝋燭の流れ買い」という商売などが成立する。宮部みゆきの時代小説に、この商売をする男が登場する話がある。庶民の細々とした生業である。
明治になりパラフィンロウソク(西洋ロウソク)が輸入されると急速に置き替わっていく。大量生産が可能で和ろうそくに較べて明るかった。明治時代に西洋ロウソクが全国の庶民にまで普及し、夜を少しだけ明るくした。ちなみに光度の単位であるカンデラは、ロウソクの英語Candleを語源とし、ロウソク1本の明るさが1カンデラとされた。

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